何もしない、というと少し聞こえが悪いかもしれない。
でも最近、何もしない時間こそが、いちばん贅沢なんじゃないかと思うようになった。
その日は、特別な予定もなく、やらなきゃいけないことも後回しにしていた。
スマートフォンを置いて、テレビもつけず、ただ窓から入る光をぼんやり眺めていた。
時計を見ない時間は、思っていたよりも長く感じた。
普段は、空いた時間ができると、つい何かを詰め込んでしまう。
メールを返したり、次の予定を考えたり、意味もなく画面を眺めたり。
「何かしていないと落ち着かない」
そんな感覚が、いつの間にか当たり前になっていた。
でも、その日は違った。
何もしないと決めたら、不思議と心が静かになった。
頭の中でぐるぐるしていた考えごとが、少しずつ遠くにいく感じがした。
コーヒーを一杯いれて、ゆっくり飲む。
それだけのことなのに、味や温度をちゃんと感じられる。
急がない時間には、こういう小さな感覚が残るのだと思った。
何もしない時間は、生産的じゃないと思われがちだ。
でも、実際にはその逆かもしれない。
余白があるからこそ、気づけることや、整う感覚がある。
忙しい日常に戻ると、また同じように動き出してしまうけれど、
「何もしない時間を持てた」という記憶が、少しだけ余裕をくれる。
あの日の静かな時間を思い出すだけで、呼吸が深くなる気がする。
贅沢というのは、特別な場所に行くことだけじゃない。
予定を詰めないこと、急がないこと、何もしないこと。
それを自分に許せる日があるだけで、十分なのかもしれない。




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